INTERVIEW

「“壊し続ける”ミュージシャンでありたい」 中島卓偉 パーソナル・インタビュー

「“壊し続ける”ミュージシャンでありたい」 中島卓偉 パーソナル・インタビュー

―― 思い切った決断ですね。そこから、下積みが始まるわけですね。

卓偉:デビューまで5年半ほど下積みを経験しました。最初からソロになろうと思ったわけじゃなく、バンドを組んで活動していました。僕の感覚だと“東京に行けば自分のように制作活動をしていて、星掴んでやるぞ!”っていう強い気持ちを持ったミュージシャン志望の奴がいると思っていたけれど、なかなか出会えず、結局、自分が思うようなバンドが組めなかった。当然悩んだのですが、妥協してバンドを組むよりも、ソロで音楽業界で勝負しようと思ったんですよね。失敗したら全部自分の責任だけど、そのほうが誰も傷つけずにいれるというのも自分の性に合っていて、良かったのかもしれない。

―― インディーズからメジャーシーンへ。気持ちの変化はありましたか?

卓偉:デビューしてからもまだしばらく高円寺に住んでいて、そこには仲間もたくさんいたのですが、自分がデビューしたことによって、友人たちと心の距離ができてしまったんですね。今思えば、自分は意識していなくても環境が変わるとお互いに同じ目線で語り合うということ自体が難しかったんだろうなぁ…と。そこで僕は高円寺を引っ越して環境を変えるのですが、この出来事が自分の中ではターニング・ポイントになっていて、『高円寺』という当時の心境を綴った曲もあります。

―― ありがとうございます。音楽活動を続けていく上での葛藤も当然の如くあると思いますが、いかがでしょうか?


卓偉:若かりし頃は、誰かに“分かって貰いたい”という気持ちが強かったと思います。一対一であれば、きちんと説明すれば誤解は解けるけれど、不特定多数になると当然距離が空きますよね。すると、すべてにおいて説明できないジレンマだったり、誤解から生まれる批判を聞く度に「いや、そうじゃないんだよ!」というやりきれない気持ちに20代はとても悩まされました。僕自身は音楽活動に対する純粋な気持ちが強いので、なんでこんな風に思われるのか…、また制作に関しては、こんなに思い通りにならないのかと。

―― 卓偉さん自身が明確なビジョンを常に持ち続けているんですね。

卓偉:そうですね。僕はやりたいことがいつも決まっているんです。これをやったら次はこれをやって…、そうしたら次は…という具合に。僕はずっと変化していきたいんですよね。
僕が音楽を作る意味は、“壊し続けることとやり続けること”だと思っているので、同じことをなぞるほど痒いことってないんです。新しいことをやると当然周囲から色々意見は出ますし、“そんなの卓偉じゃない!”と言われてしまうこともあり、歯車が上手く回らなくなるという時期もありましたが、今は自分が好きなことができる環境が整ってきた感触があります。ファンも大人になってきて、僕のやることに理解を示してくれるようになった。パンクやロックの精神ってハリネズミみたいな髪型でライダース着て、激しい音楽やるっていうのが本質じゃなくて、壊し続けながらも新しいことに挑戦し、何があっても前に進み続けることだと思う。

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